OTK's Memo

Sep 18

『用間篇』に出てくる用間の「間」は,間者の「間」で,平たく言えば諜報謀略を現場で実行するリスク・マネジメント・エージェント,つまりスパイのこと。『孫子』では,その間者の基本類型は5種類に分けられる。

郷間・・・対象国の民間人をとり込んで使う
内間・・・対象国の役人・官吏をとり込んで使う
反間・・・対象国の間者を逆にとり込んで二重スパイとして使う
死間・・・対象国に潜入して撹乱情報を流す
生間・・・対象国に侵入し情報収集して生きて帰ってくる

ビジネスでは「用間」の活用事例は溢れんばかり

 読者の身の回りでも,上記の5つを当てはめれば思い当たる事例が多々あるだろう。対象国を競合他社と見立てれば,事例は無数と言ってよい。

 企業が「郷間」を起用してフィールド調査を行い,競合製品やソリューションを使っている顧客に情報提供を求めるのは日常茶飯事。「郷間」に競合企業の製品を買わせて引き取り,分析・研究を穏密に行うことはもはや一般的だ。

 資本政策がらみのデュー・デリジェンス(企業の活動実態に関する詳細調査)と称して当該企業の役員に私的な利権誘導をはかり,秘匿情報を提供させる。その役員を「内間」に仕立て上げ,企業の乗っ取りに活用するのである。企業間の提携やM&Aの背後には,この種のケースが非常に多く見られる。「内間」と化した役員を気づかぬふりで泳がせ,自社を売却してキャピタル・ゲインを得た,やり手のベンチャー創業社長もいる。これは「内間」を「反間」として活用する事例だ。

 不本意な退職を会社に強いられた日本企業のエンジニアを囲いこんだり,ヘッドハンティングしたりして機密情報を取る韓国,台湾の電子メーカーは,さしずめ「生間」の活用である。筆者のまわりでも,競合上非常に有利な状況を「生間」の活用で手中にした韓国,中国籍の企業が数社ある。

 彼らは退職させられた元の日本企業には屈折した感情を抱き,また自分が長年蓄積してきた技術に対しては過剰な自信を持ちがちだ。これらの退職者が驚くほど嬉々として機密情報を競合企業に提供する現場を見て,唖然としたものだ。

 退職時にいくら守秘義務契約でしばっても,「生間」と化してしまえば退職させた企業は著しく不利を被る。逆に「郷間」を「生間」化して貴重な技術情報を取得する企業は有利な状況を得る。

第12講:古今東西,CIAの対日工作にまで通底する『孫子』の系譜

東京農工大学大学院技術経営研究科教授
松下博宣資本政策がらみのデュー・デリジェンス(企業の活動実態に関する詳細調査)と称して当該企業の役員に私的な利権誘導をはかり,秘匿情報を提供させる。その役員を「内間」に仕立て上げ,企業の乗っ取りに活用するのである。