ギトリス そうだね。考えなくなっている。とても危険なことだと思う。情報が多すぎると、かえってゼロに近づいてしまう。「情報」は「経験」と言い直してもいいね。経験が多すぎると、かえって1つも経験しなかったのに似てきてしまう・・・これに関連してね、確かアルベルト・アインシュタインが、日本について面白いことを書いていた。
木野 何を書いていたんですか?
ギトリス 表層的な経験が多くなりすぎて「裏切り(betray)」が起きてしまう、ということ。
―― 「裏切り」ですか?
ギトリス 個人が内的なパーソナリティーを裏切ってしまう。
―― あ・・・なるほど。
ギトリス 自分が自分自身を裏切ってしまう社会。今、世界中で、多くの政府が、市民に情報の「爆撃」を加えているね。
―― それは言いえて妙ですね。以前なら「疎外」という言葉を使ったかもしれません。ロシア革命の混乱の中、イスラエルに移住されたご両親から生まれたあなたから、そのように伺うと、大変感銘深いです。
ギトリス 21世紀の今日、人々は「あらゆる種類の沈黙」を聞くこと、立ち止まって思考することを止めつつある。これはとても危険なことだ。そんな中でアインシュタインは、日本という国には、聴くべき沈黙の核がたくさん残っている、と書いていたんだ。
―― いやぁ、それはアインシュタインが日本にやってきた1920年代のことでしょう。今、日本に住んでいる立場からは、とてもそうとは言えないと思いますよ。
ギトリス 確かに都会ではそうかもしれないね。僕もパリでの生活では、テクノロジー化で内面の自由がとても狭められているのを痛感しているよ。でも僕の目から見ると、今でも日本の文化や生活の中に、静かに自分自身の内面を振り返る場所や時間が残されていると思うんだ。
木野 先生にそう思っていただけると、とても嬉しいですね。
―― 確かに、黙想とか沈思黙考、反省とか、あるいは座禅を組む、なんて言うことが、自然に受け入れられている部分が、ほかの先進国と別の形で残っているのかもしれません。
ギトリス そういう内面の声を聴く「沈黙の核」みたいなものが、日本にはある。内なる魂の声を聴く自由が、この国にはあると思う。それが好きだから、僕は何度も繰り返し日本にやってくる・・・そういう意味では内面の自由、沈黙を聴き、自分自身の内なる声を聞く「自由」を、一番強く感じるのはアフリカだね。
伊東 乾
イヴリー・ギトリス氏
イスラエルのバイオリニスト。
木野 雅之(きの・まさゆき)氏
1963年東京都生まれ。日比野愛次、篠崎功子、西川重三にバイオリンを学ぶ。
